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17才の年に横浜の重慶飯店の料理長が、病気で入院したとの事で、陳先生から三ヶ月間手伝うように言い渡された。17才でチーフ代理となった。5人のメンバーの内、見習いの一番若い子で18才であった。この世界に年齢は関係なく、どれだけよい親方に修業を受けたかで決まる。![]() 毎日がやりがいがあり、充実していた。あっという間に3ヶ月たったのだが、チーフの都合で店には戻ってこないことになった。その為に、重慶飯店本店からスタートして、別館、新館、売店と今現在は会長で当時の李海天社長は積極的に店を増やしていった。おかげで私も多くの学びができた。そして16年の月日が流れた。本店でレジをしていた女性と26才の時、結婚をし、2年後には長男義光、3年後には長女明恵が誕生した。重慶飯店は中華街では四川料理の店として有名になっていった。18才の年陳先生が恵比寿に中国料理学院を開き、講師としても教え始めた。20才の時にはテレビの料理番組にも出るようになっていた。それがきっかけで大龍の先代の阿部社長に出会い、大龍本格中華冷凍食品の開発が始まった。先に手作りの点心からメニューを手がけた。とにかく手作りでおいしい物、それしか考えていなかった。それで日本一高級な冷凍点心が出来上がった。続いて料理メニューも増えていった。現在メニューアイテムは、300品目を上まわる数になる。 |
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