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家で王子様のように暮らしていた私と、次男は友人の家に預けられ、肩身の狭い思いの中で生活がしいられた。姉も友人宅で、掃除、洗濯、家事手伝いと、生活がいっぺんしてしまった。 6才の時である。父は仕事探しに苦労の日々であった。小学校に上がる頃には、家族が一つ屋根の下で暮らせるようになったが、決して生活は楽ではなかった。当時、日本人の学校に外国人が入るのはめずらしく、よくいじめられたものである。いじめられるのがいやでよく学校をサボった。学校に行くと母にうそをつき、公園でブラブラしてたことがしばしばあった。おかげで、小学生にはめずらしい、2年も落第してしまった。その為に、中学1年生は弟と同じ学年になった。 勉強はあまり得意ではなかった。中学に入って一学期の終わり頃、鉄人の父、陳建民先生と共に働く父のいる、四川飯店に見習いで入った。先生が父に二人の男の子どちらかを、腕に職を付けさせてはどうか、父一人の稼ぎでは、一家5人の生活は苦しく、父に相談されたとき、勉強が苦手だった私は、二つ返事で見習いの道を受け入れた。 14才の時であった。しかし、見習い、修行の道は思ったよりも険しかった。仕事が嫌いじゃなかったのが幸いだった。よくしかられ、いやになったことも多くあったが、涙して家に戻り、母になぐさめられ、3年間の修行をなんとか乗り越えられた。 |
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