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総料理長 荘明義

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総料理長 荘明義の生い立ち

 1944年1月8日中国四川省貫州に生まれる。4才で父、母、姉と日本へ渡る。遅れて次男が日本へ、三男は生まれたばかりだったので、しばらく後に渡る予定だったが、文化大革命で乗るべき飛行機が飛ばず、一人で中国に残されることになる。
 当時我が家においては、男の子は宝物のように扱われ、先に産まれた姉よりも私は大切にされた。又、私が産まれた時、父はこの上もなく喜んだ。父にしてみれば三人目の奥さんにして初めての男の子である。初めの母は由緒ある家の娘さんで、学問にすぐれ、家柄も良く、美人であったが、体が弱く、結婚後まもなく亡くなった。二人目は健康的な女性をと求めたのだが、やはり健康には恵まれず、結婚生活も長くは続かなかった。そして私を産んでくれた母が三人目となるわけである。

 気立てが良く、よく父に仕えた母であった。私が幼い頃から両親を亡くすまで両親の夫婦喧嘩をみたことがない。

 中国においても、又、日本に来てからしばらくは、家で大切にされ、女中さんがいた時は、私の好みでその日の食事のメニューが決まっていたほどである。姉も、弟もあんまりいい気持ちはしなかったにちがいない。その豊かで恵まれた生活も、父の友人への保証で、財産もすっかりなくなり、あげくのはてに借金取りに追われるはめになった。