1944年 中国四川省重慶に生まれる。
1948年 4才で日本に渡る。
1958年
14才より「新橋田村町四川飯店」で四川料理の大家である陳建民氏に師事。
1961年 17才で「横浜重慶飯店」の料理長となる。
1977年 33才の時、株式会社大龍の創業者阿部氏に招かれ、中華冷凍食品の開発に尽力する。現在は株式会社大龍の特別顧 問として従事するかたわら、TV番組や著作活動、クッキングスクールの講師として日夜活躍している。
著書 スタミナおかず おいしく、体力のつく漢方料理 (永岡書店)漢方料理 (漢方料理研究会)
1944 年1月8日中国四川省貫州に生まれる。

4才で父、母、姉と日本へ渡る。遅れて次男が日本へ、三男は生まれたばかりだったので、しばらく後に渡る予定だったが、文化大革命で乗るべき飛行機が飛ばず、一人で中国に残されることになる。

時我が家においては、男の子は宝物のように扱われ、先に産まれた姉よりも私は大切にされた。又、私が産まれた時、父はこの上もなく喜んだ。父にしてみれば三人目の奥さんにして初めての男の子である。初めの母は由緒ある家の娘さんで、学問にすぐれ、家柄も良く、美人であったが、体が弱く、結婚後まもなく亡くなった。二人目は健康的な女性をと求めたのだが、やはり健康には恵まれず、結婚生活も長くは続かなかった。そして私を産んでくれた母が三人目となるわけである。

立てが良く、よく父に仕えた母であった。私が幼い頃から両親を亡くすまで両親の夫婦喧嘩をみたことがない。
中国においても、又、日本に来てからしばらくは、家で大切にされ、女中さんがいた時は、私の好みでその日の食事のメニューが決まっていたほどである。姉も、弟もあんまりいい気持ちはしなかったにちがいない。その豊かで恵まれた生活も、父の友人への保証で、財産もすっかりなくなり、あげくのはてに借金取りに追われるはめになった。
家で王子様のように暮らしていた私と、次男は友人の家に預けられ、肩身の狭い思いの中で生活がしいられた。姉も友人宅で、掃除、洗濯、家事手伝いと、生活がいっぺんしてしまった。

6 才の時である。父は仕事探しに苦労の日々であった。小学校に上がる頃には、家族が一つ屋根の下で暮らせるようになったが、決して生活は楽ではなかった。当時、日本人の学校に外国人が入るのはめずらしく、よくいじめられたものである。いじめられるのがいやでよく学校をサボった。学校に行くと母にうそをつき、公園でブラブラしてたことがしばしばあった。おかげで、小学生にはめずらしい、2年も落第してしまった。その為に、中学1年生は弟と同じ学年になった。

強はあまり得意ではなかった。中学に入って一学期の終わり頃、鉄人の父、陳建民先生と共に働く父のいる、四川飯店に見習いで入った。先生が父に二人の男の子どちらかを、腕に職を付けさせてはどうか、父一人の稼ぎでは、一家5人の生活は苦しく、父に相談されたとき、勉強が苦手だった私は、二つ返事で見習いの道を受け入れた。
14才の時であった。しかし、見習い、修行の道は思ったよりも険しかった。仕事が嫌いじゃなかったのが幸いだった。よくしかられ、いやになったことも多くあったが、涙して家に戻り、母になぐさめられ、3年間の修行をなんとか乗り越えられた。

17才の年に横浜の重慶飯店の料理長が、病気で入院したとの事で、陳先生から三ヶ月間手伝うように言い渡された。17才でチーフ代理となった。5人のメンバーの内、見習いの一番若い子で18才であった。この世界に年齢は関係なく、どれだけよい親方に修業を受けたかで決まる。

日がやりがいがあり、充実していた。あっという間に3ヶ月たったのだが、チーフの都合で店には戻ってこないことになった。その為に、重慶飯店本店からスタートして、別館、新館、売店と今現在は会長で当時の李海天社長は積極的に店を増やしていった。おかげで私も多くの学びができた。
そして16年の月日が流れた。本店でレジをしていた女性と26才の時、結婚をし、2年後には長男義光、3年後には長女明恵が誕生した。重慶飯店は中華街では四川料理の店として有名になっていった。18才の年陳先生が恵比寿に中国料理学院を開き、講師としても教え始めた。

20才の時にはテレビの料理番組にも出るようになっていた。それがきっかけで大龍の先代の阿部社長に出会い、大龍本格中華冷凍食品の開発が始まった。先に手作りの点心からメニューを手がけた。とにかく手作りでおいしい物、それしか考えていなかった。それで日本一高級な冷凍点心が出来上がった。続いて料理メニューも増えていった。現在メニューアイテムは、300品目を上まわる数になる。

陳建民の弟子総料理長荘明義が独自開発した中華料理のための冷凍技法。 本場中国料理「大龍門」の本物の味をご家庭で。
最後のシェフはあなたです。
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